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元祖流しそうめん「千穂の家」

流しそうめん発祥の由来

その昔、冷蔵庫や氷も無かった頃、御塩井地区(現在の高千穂峡周辺)に住む村人達は、岩壁の割れ間から清水の湧く「玉垂の滝」の岩肌をつたう冷たい湧水に茹でたそうめんを流し、夏の涼を得ていました。(一説には、お盆の先祖供養の意味もあったと云われす)

昭和30年、北九州より帰郷し、この風習を知った千穂の家創設者「故 佐藤光義」はこれを商業化しようと考えました。
が、当時の保険所も岩肌に直接食物を流すことなど許可を出しませんでした。・・・
そこで光義は試行錯誤の末、竹樋を使ってそうめんを流すことに成功しました。





無事、保険所の許可も下り、特産の椎茸の出汁を使ったコクと香り豊かな「秘伝のつゆ」は当時のままで今も多くのファンに愛され続けています。







ある日、こんな事を訊ねたことがありました。
小生:「何で特許申請せんかったと?}
光義:「毎日の飯を食うとに精一杯で、そげな余計な事を考ゆる暇があるもんかぁ!」
 と叱られてしまいました。。。


後日談・・・
 光義:「あん頃にそげな知恵があればねぇ・・・」 と、一寸残念そうでした。